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機関紙「住団連」
  • 『密林の中の遺跡と住宅』
  • 早稲田大学教授  中川 武
  • 1992年より私はカンボジアのアンコール遺跡の修復にかかわっている。アンコール遺跡(九〜十五世紀)はカンボジア西北部のシュメリアプ州を中心に広い範囲にわたっているが、大部分は密林に埋もれたままである。アンコール・トムは大きな都市という意味で、十二世紀後半にジャヤヴァルマン七世王が建立した、一辺がおよそ3.3km、幅約100mの環濠と高さ8mの城壁によって囲まれたアンコール朝の代表的な都城である。この中心寺院バイヨンの北経蔵の修復工事がこのほど竣工した。バイヨンは各四辺の城壁の中央に開かれた大門からの都大路の交点に位置し、その北側に王宮や王宮前広場、その他いくつかの寺院遺跡と貯水池などがある。しかしその他の大部分、おそらく面積の95%以上は、植物学者によれば第二次原始林化した密林である。かつてその広大な面積には、都市の各種施設や住宅などがあったはずであるが、これまで一部フランスチームによる水路調査のためのボーリングが行われただけで、一体どのような町の構造で、どんな住宅があったのかはほとんど分かっていない。アンコールでは、寺院遺跡については劣化崩壊が激しいとはいえ多く残存しているが、その他の文化や生活についてはほとんど解明されていない。わずかにバイヨン外回廊の浅浮彫の画像に、市民生活の場面や市場と住宅らしき表現が見られるが、実際の住宅遺構例の報告が皆無なのである。住宅は宮殿も含めて木造であったであろうから、厳しい熱帯アジアの気候のために腐朽し消滅してしまった上に、ジャングルが覆いかぶさっていった。だから発見が難しいのだと考えられている。
  • アンコール・トムの城壁は、ところどころ寸断崩壊し、大木が繁茂しているが、壁の上をかろうじて周遊することができるし、獣道をつたって密林深く探険することも可能である。しかし、野猿・野鳥・サソリ・蛇・アリなどは多いがその他の小動物にはあまり出合わない。勿論住宅の痕跡らしきものにも。こういう時いつも私の脳裏をよぎるあるシーンがある。
  • ジャングルの海に星のように点在するマヤ遺跡を求めて広大なユカタン半島を車で走った時のこと。密林が延々と続く一本道のかたわらに、西瓜のような果物を二・三個並べて現地住民と思われる人がポツンと座っていることが何度かあった。しかしそんな時決まって、その周辺には住宅も、その気配もないのである。もしかしたら一面の密林の裏に、とてつもなくにぎやかな大集落が潜んでいるのでは、といぶかるほどそれは不気味であった。もう一つは、タイ北部山岳少数民族の一つ、黄色いバナナの精と呼ばれる人たちのことである。彼等は30分でつくる雑木とバナナの葉で葺いた小屋に日がなボーッと座って、昆虫や木実を食べ、獣が通ると隠れ、気付くといつのまにか消えているらしい。もしかしたらアンコール・トムの原始林の中にも、ポル・ポト時代も生き延びた、アンコールの末裔が森の精となって棲みついているのではないだろうか。

 

 

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