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機関紙「住団連」
  • 『住まいの原点を求めて』
  • 早稲田大学教授・建築家  古谷 誠章
  • 今世紀の日本は大いなる転居の時代に入るといわれている。ひところまでの人生の目標が庭付き一戸建てという価値観は大きく変化している。少なからぬ人々が住むなら都心と回帰しているし、持ち家ではなく賃貸住宅に生涯住み続けることもまんざらでもない、それどころかその方が断然満足度が高いとさえ思われ始めている。しかし持ち家の建築としての出来に対し、賃貸住宅の質的水準は最底辺に留まったままだというところに、今日の私たちの抱える大きな問題がある。
  • 転居とは一体何なのだろう。都会へ出て来たり、結婚して所帯をもったり、勤め先の転勤だったり、親との同居だったりと昔から様々な事情があるに違いないが、人はあるときは心弾ませて、また時には心ならずも住まいを代わった。近年では年老いてやむを得ず介護のための施設に移るケースも珍しくない。だが本当に人々の望む転居が実現されているのだろうか。
  • このところ毎年、大学院生を伴って研究のためにアジア各国の大都市の居住調査に出かけている。台北、クアラルンプール、バンコクの三都市や、ホンコンとシンガポールの比較研究、ソウルあるいはウランバートルなど、現地の建築家や大学の研究者とともに、多様な都心居住の実態を調べている。台湾の闊達な屋上増築やホンコンの高密度居住、バンコクの線路上でのマーケットなど、逞しくも機転の利いた生活ぶりにしばしば驚かされるが、その中でも最も深く啓発されたのがモンゴル調査だった。
  • よく知られているようにモンゴルの遊牧民はゲルと呼ばれるテントで生活し、季節に応じて草地を求めて移住して暮している。この地球上でもっとも環境に迷惑をかけないで暮しているのが彼ら遊牧民だといわれるが、現実には各地から次第に姿を消しつつあるのが実情である。土地に定住しない彼らの生活は、領土や土地所有という概念に基づく世界の大方の価値観には抗えないものとなってきた。首都ウランバートルに定住する人口約65万人の内、半数以上の35万人は実は都市に定住しながらゲルに住んでいる。理由はアパートの絶対量が不足しているからである。首都の周辺部にはそのようなゲル住区が日を追って拡大している。融通の利いたサステイナブルな住居としてのゲルの姿ではない。
  • 本来のゲルはあたかも衣服の延長のような住まいで、夏にはフェルトを一重にして裾をまくり、マイナス30度の冬にはフェルトは三重、裾にはまるでスパッツのような目張りをする。夏には風の通り道にゲルを建て、冬には不思議とそこだけ風のない場所をちゃんと選んで暮している。最初のモンゴル行きで偶然出くわした一つのゲルが、その後の大きな関心の契機となっている。都会から遠く離れた見渡す限り誰もいない草原の中で、たった一家族がまったく都市的なインフラを持たずに完全自立して暮している。もはやそれは「生存している」といったほうが相応しいくらいだ。しかしそんな孤独な環境下にあって、ふと傍らを見ると発電用のプロペラが回り、さらにはパラボラアンテナが空に向けて置いてある。なんと彼らはまったく自立して暮しながら瞬時に世界情報に接し、旭鷲山の今日の勝敗をライブで知っていたのである。どんなハイテク機器に囲まれた生活より、これは最高に新しい生活のように思える。地球環境に対しサバイバル的でかつサステイナブル、周囲の外部に孤独という圧倒的なプライバシーがあるから家の中は間仕切りのないワンルーム空間。家は人と会うための空間であるからこそ、客だろうと誰だろうと一緒に食べ一緒に眠る。どうやら私たちはここから多くを学ばなくてはならないだろう。

 

 

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